アルゼンチン10番の続き、マラドーナからメッシへ

その瞬間、ハンブルクのワールドカップ・スタジアムに集まったアルゼンチンのサボーターは、若い背番号10、リオネル・メッシから目を離しました。メッシは、強豪コー卜ジボワールを相手に2ー1でリードした2006年ワールドカップ、グループCの最初の試合(6月10日)で、相応の働きを見せていたのですが。サボーターの目はもう1人の「10番(EL Diez)」に注がれていました。そして、カメラがスタジアムの巨大スクリーンに、あの偉大なディエゴ・アルマンド・マラドーナがやって来たことを映し出すと、大観衆の喜びのチャン卜が始まり、なかなか終わらなかったのです。「ディエゴ!ディエゴ!」

この時、試合は二の次になっていました。メッシが現れるまで、アルゼンチンの人々の目には、本当にマラドーナの後継者にふさわしい選手は誰もいなかったのです。1994年6月25日に2ー1でナイジェリアに勝った試合で、マラドーナが代表最後の91キャップ目を終えてから、7年以上もたった2001年11月14日まで待った上で、AFAは背番号10を永久欠番にすると決定したほどです。

2002年、ワールドカップの組織委員会と合意した後、AFAは23名の代表選手を選び、10番を除く背番号1番から24番を割り当てました。ところが、FIFAはこれを拒否しました。大会規程第26条の4で、選手は1番から23番の番号をつけるとしているからです。FIFAのゼップ・ブラッター会長は、第3GKのロベルト・ボナーノが10番をつけてはどうかと提案しましたが、結局アリェル・オルテガがつけることになっていました。1998年のフランス大会で、すでに10番をつけていたからです。続いて、パブロ・アイマールとフアン・リケルメが順に10番を背負っていましたが、この「10番問題」を解決したのは、2005年8月17日、ハンガリーとの親善試合で代表デビューしたメッシの登場でした。メッシは、マリオ・ケンペスから10番を受けついだマラ ドーナが、代表での自身の後継者と見なした唯—の選手なのです。

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